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東京地方裁判所 昭和34年(行)19号 判決

原告 国際時計株式会社

被告 通商産業大臣

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三三年八月三〇日になした原告の外貨資金割当申請を拒否する旨の決定及び同年一二月一五日になした原告の不服申立に対する決定はいずれも取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求原因として、

一、原告会社は主として外国製腕時計の輸入販売を業としているものであるが、昭和三三年上半期分の腕時計(ムーブメント及びパーセツトを含む。以下同じ。)を輸入するための外貨資金割当申請を被告に対してなしていたところ、被告は同年八月三〇日に他の同業者に対しては外貨資金の割当をなしながら、原告に対してはこれが割当をしない旨の処分をした。

原告は割当拒否に不服であつたから、外国為替及び外国貿易管理法第五六条の規定に基き被告に対し不服の申立をしたが被告は同年一二月一五日付を以て原告の右不服申立を棄却した。

しかしながら、被告のなした右割当拒否の処分は、左記の通り違法なものであるから取消されるべきものである。

二、即ち、被告が原告に対する外貨資金割当を拒否した理由は、原告会社前代表者訴外下村豊治が外国為替及び外国貿易管理法又は関税法違反の行為により起訴されたからというのである。訴外下村が、昭和三三年五月一九日頃原告会社において外国製腕時計三六個を税関に許可なく密かに輸入し関税を逋脱したものであることの情を知りながら保管したという理由で同年六月一七日起訴され、また同年五月一九日頃東京都港区芝愛宕町二丁目三番地同和荘アパート三〇六五号室で前同様外国製腕時計九四〇個を保管していたという理由で同年八月八日起訴され、その他にも同様事件にて昭和二八年四月二八日神戸税関長からまた、同二九年三月三一日東京税関長からそれぞれ通告処分を受けたことはあつたけれども、同訴外人は昭和三三年八月原告会社代表取締役を辞任している。

そうして、被告は、昭和三三年八月二三日、三三通告第二四三九号をもつて、法人の代表者等が法人等の業務又は財産に関し前記法律違反行為をした場合には、外貨資金の割当を訂正或は削減することがある旨の告示をなした上、この告示を根拠として前記の同年同月三〇日の本件拒否処分をなしたものである。

しかしながら、訴外下村が前記通告処分或は起訴処分を受けたからといつて、そのような行為についての有罪の裁判があるまでは無罪の推定を受けるべきであるから、同訴外人に前記法律違反の行為があつたものとして取扱うべきでなく、又、前記通商産業省告示なるものも、同告示以前の行為である訴外下村の前記各行為については適用すべきものではない。

更に、訴外下村が前記法律違反による通告処分を受けた後においても、被告は同訴外人個人に対し、或は同訴外人が代表取締役であつた当時の原告会社に対し外貨資金の割当をしておりその他にも、被告は、前記法律違反の行為のあつた者に対して同様割当をした事実がある。

これを要するに、訴外下村が前記の如き通告処分或は起訴処分を受けたということは、原告に対する本件外貨資金割当を拒否すべき理由とならないものである。

三、そうして、原告会社は、昭和三一年以降各期における外貨資金の割当を受け外国製腕時計の輸入をしていたものであり、このような原告会社の過去の実蹟に基くときは、原告会社に対しては当然本件外貨資金の割当をなすべきものである。

一体、外貨資金割当なるものは、被告の所謂裁量行為であるとしても、これが割当を受けるか否かは輸入業者にとつては死活問題なのであるから、その割当処分をなすに当つては申請者の過去の実蹟に基き、公平に行われなければならないのである。

しかるに被告は、前記の如く正当な拒否理由となすべきでない事由によつて、過去に実蹟を有する原告会社に対する割当を拒否したばかりでなく、他方において、すでに数億円に上る負債により営業を廃止し外国為替を必要とする理由のないドイツ人系統の訴外ルーベン商会に対し腕時計輸入のために約四八、〇〇〇ドルの外貨資金割当をなしている。

以上の如く、被告のなした原告会社に対する本件外貨資金割当を拒否した処分は、その拒否した理由が誤つており、かつ不公平な処分であるから、違法なものである。

旨陳述した。(証拠省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として、請求原因事実中、原告会社の営業種目、原告会社が昭和三三年上半期分外貨資金割当申請をなしたが被告が割当をしない旨の通告をなした事実、これに対し、原告から不服申立があり被告においてこれを棄却する処分をした事実、訴外下村豊治が原告主張のような各通告処分を受けた事実、原告主張のような内容の通商産業省告示がなされた事実及び原告会社が過去において腕時計輸入のための外貨資金の割当を受けた実蹟を有する事実はいづれも認めるが、その余の事実は争う。右昭和三三年度上半期分の割当は同年九月末日迄になされるものであるが、同年八月下旬頃原告会社に対し右割当をしない旨を口頭で通知したことはあるが、積極的に割当をしないとの処分をしたものでない、旨述べ、更に被告の主張として、

一、輸入貿易管理令第九条の規定に基く外貨資金の割当は、外国貿易の正常な発展を図り、外国為替予算の範囲内における外貨資金の最も有効な利用を確保するという法の目的に従つてなされる被告の自由裁量処分である。

腕時計は、外国為替予算上その外貨資金の割当希望額が割当可能額を上廻る一方、我国密輸事件の大宗であり、その外貨割当が密輸事件の偽装手段として利用されるおそれがあるから、これが防止のため、正規の輸入が期待できる輸入業者として適当と認められる者に限つて外貨資金の割当を行うこととし、外国為替及び外国貿易管理法又は関税法違反の虞があると認められる者には右割当を行うことは不適当であるとしてこれを制限することは、当然の措置である。

二、原告会社の元代表取締役訴外下村豊治は、原告主張の通りの各通告処分或は起訴処分を受けており、原告会社は同訴外人の同族会社であり、同訴外人の右関税法違反行為が原告会社の本店をもその犯行の場所としており右犯行は原告会社と密接な関連において行われた等のことから、原告会社役員の形式的交替に拘らず、原告に対し引続き外貨資金割当をなすことは不適当であつて、前記行政目的に反するものと認めて、原告に右割当をしなかつたものである。

三、又、外貨資金の割当は輸入業務を営む能力に応じてこれを行うことが、一般に輸入業者の対外的信用、経験等を最高度に発揮させ、外国為替予算の範囲内における外貨資金の最も有効な利用を確保するゆえんであり、過去一定期間における輸入実蹟によつて右割当を行うことが右に述べた能力を最も公平かつ客観的に判定する便法であるので、従来概ねこれを裁量権行使の基準としている。しかしながら、実蹟による割当がかえつて法の目的に反すると認められる個々の場合には、たとえ実蹟を有する者であつても割当を受け得ないことがあることは当然であつて、原告が過去において輸入実蹟を有するからといつて当然に割当を受ける権利を有する者となすことはできない。

四、以上の如く、原告会社は輸入実蹟を有していたけれども、前記外貨資金割当の行政目的に照し、本件外貨資金割当をなさなかつたことは当然であり、右割当をなさなかつたことについて被告の裁量権の乱用その他の違法な点はなく、原告の不服申立を棄却した処分も適法であり、原告の請求は理由がない。

旨陳述した。(立証省略)

理由

一、原告会社が主として外国製腕時計の輸入販売を業としているものであること、原告が被告に対し昭和三三年上半期分の外国製腕時計輸入のための外貨資金割当申請をなしたが、被告はこれが割当をなさない旨を通告したこと、及びこの割当を受けなかつたことに対する原告の不服申立を被告が棄却したことはいづれも当事者間に争いないところである。

二、右外貨資金の割当なるものは、外国為替及び外国貿易管理法第一条の規定にあるように、外国貿易の正常な発展を図り、国際収支の均衡、通貨の安定及び外貨資金の最も有効な利用を確保し、もつて国民経済の復興と発展とに寄与する目的の下に、外国為替予算の範囲内においてなされる通商産業大臣のいわゆる自由裁量処分であると解すべきことは、右法律、輸入貿易管理令等の関係法令の規定の趣旨に照らし明らかである。

しかしながら、行政庁の自由裁量処分であつても、その処分が行政庁の恣意に流れ、著しく不公正である場合には、自由裁量の範囲を逸脱したものとして、その処分を違法とすべく、裁判上これが取消しを求め得るものと解すべきである。

三、ところで、原告に対して昭和三三年度上半期分の外貨資金の割当をなさなかつた被告の処分(右割当をしないという被告の積極的な処分がなかつたとしても、右期の割当は同年九月末日迄に為されるべきものである点、及び原告以外の他の業者に対する割当がなされた同年八月下旬頃に、原告に対して割当をしない旨を口頭で通知されたとの点は、いずれも被告の認めるところであり、右の諸点を考え合せると、形式上明示された処分の有無に拘らず、同年八月下旬頃に原告に対しては割当をしない旨の拒否処分があつたものと解するのが相当である)が、自由裁量の範囲を逸脱してなされたものであるか否かの点について考えるに、原告が右処分が違法であると主張する原因となる諸事実、即ち(イ)原告会社の前代表取締役訴外下村豊治が原告主張のような事実について通告処分或は起訴処分を受けたことが、原告に対する割当を為さなかつた理由となつていること、(ロ)原告会社が過去に外貨資金の割当を受け外国製腕時計を輸入した実績を有すること(以上(イ)(ロ)の各事実は被告も認めるところである)、或は仮に(ハ)訴外下村と同様な違反行為により起訴された者に対しても割当がなされた事実、又(ニ)既に営業を続ける実質的な能力に欠けた業者に対して割当がなされた事実が認められるとしても、以上のような諸事実があるからといつて、直ちに原告に対する本件外貨資金割当がなされなかつた処分が、前記被告の自由裁量の範囲を逸脱してなされた違法なものということはできないと考える。

四、そればかりか、訴外下村が前記のような通告処分或は起訴処分を受けており、しかも、同訴外人は本件処分のなされる直前の昭和三三年八月まで原告会社の代表取締役であつたというような事実(この点は原告も認めるところである)がある以上、右訴外人に対する有罪の裁判がなされると否とに拘らず、原告会社に対する外貨資金割当を一時停止することは、前記のような外貨資金割当の行政目的に鑑み、むしろ相当な処分というべきものである。

なお、起訴事実について有罪の裁判がある迄は、刑事訴訟上無罪の推定を受けるべきものであることは原告主張の通りであるけれども、起訴されたという事実そのものは存在するのであり、そのような嫌疑を受けているという事実を如何に評価するかは、右刑事訴訟上無罪の推定を受けるべきこととは関係のないものである。そうして、起訴されたという事実を、行政処分をなす上において不利益に取扱うべきか否かは、当該行政処分の目的によつて決まるものであつて、これを不利益に取扱つたということから、直ちに当該処分を不当或は違法ということはできないと考える。

又原告会社が過去において割当を受けた実蹟を有するとか、或は前記三の(ハ)(ニ)のような事実の存在は裁量権の行使の妥当でないとの一論拠にはなるとしてもそれ丈で本件拒否処分が裁量権の濫用であるという結論にはならないものと考える。

五、以上説明したように、本件各処分は、原告が主張するような違法な点はないものというべきであり、その他原告提出の証拠によつても、本件処分にこれを取消すべき違法な点があると認めることはできない。

よつて、本件各処分の取消しを求める原告の請求は、その理由ないものというべきであるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 石井玄)

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